自分

四月十日

野は一面残雪ありて風寒しわが誕生日四月十日は

 

忘れられしわが誕生日夫(つま)も子も健やかなるを謝して寝につく

 

母さん、ごめん!誕生日いつも忘れて!

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わが身の肥えて

農離れ家ごもる日々いたづらにわが身の肥えて着る衣小さし

 

農作業の無い冬の間は家にいることが多く、体を動かすことが少ないから太って困る、とこぼしていた母を思い出します。この歌を詠んだ時、母は35歳でしたが、毎年毎年冬には同じことを言っていたような気もします。

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自分自身

禁煙の車内にありて煙草吸ふ人に言ひ得ず席を立ちたり

 

人の言葉信じたき故自らは真実の言葉言ひたしと思ふ

 

ここに掲載する句は、毎回本のページを最初からめくりながら選びます。できるだけ古いものから順に、とか、今の季節や時期に合うものを、などと考えながら選ぶようにしているのですが、なかなかそれが難しいことも多くあります。こんなに毎日毎日母の本を開くのは、本を作って以来初めてのことです。じきに、本のどこにどの句があるか、すっかり頭に入ってしまうかもしれません(笑)。今日は、季節にも時期にも関係の無い歌を二つ選びました。共に平成に入ってからの作品で、母が56歳、59歳の時の作品です。二句目は、どのようなことがあって詠んだ句なのか、私もわかりません。

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母として

容赦なき夫(つま)の言葉と思ひつつ黙してゐたり子に憚(はばか)りて

 

幾日かもの云はぬ夫に平静をよそほひてゐるわれ母として

 

母が三十代半ばの時の作品です。母は早くに結婚し、この句を詠んだ時、嫁いで既に17年が過ぎています。父は高校の教師でした。母より一回り年上で、誠実ですが非常に厳格な性格だった父は、腹を立てると何日も口を聞かなくなる人でした。その父も他界し、4年が経ちます。

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髪を染める

わが白毛(しらが)抜きくれ乍(なが)ら下の子は黙す間もなく友の話す 

 

幾度(いくたび)も白毛染めよと娘(こ)のいふに

                                           ためらひ永く日を過しをり

 

光線の明るきときは茶色にも見えて染めたる髪になじめず

 

茶髪などなかった昭和40年代の作品です。一句目では、母は32歳、私は10歳でした。ニ、三句目は、その4年後の作品です。当時の母には、髪を染めるに対してよほどの抵抗があったようです。私が何気なく、髪染めればいいじゃない、と言った言葉が、それほどに母を悩ませたとは露知らず、申し訳ないことをしました。

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